2010年07月20日

始まればいずれ終わりがやってくる。

このブログを更新していまいりました私「とみー」は、本日20日をもって
株式会社ジェーアイシーを退職することになりました。

会社の事業の一環にイノベーション推進グループを作っていただき。
さまざまな経験や、沢山の方と知り合う経験が出来、本当に楽しく。
刺激的な日々を過ごしておりました。

通常であれば、仕事に対するストレスや、たまには仕事の事を忘れて
非日常を感じる場所に行って、心の洗濯をしたいなどと考えるのが一般的なのでしょうが。

ここ1年ぐらい。
私は、そんな事を考える事なく、毎日毎日。仕事の事を考えるのが楽しくて仕方ない状態でした。

このブログの更新も、物理的な時間に余裕が無い日があったとしても、終電ギリギリになったとしても、
飲み会後、頭がイカレポンチで、ふわふわしながらだったとしても、積極的に更新したいという気持ちで書いていました。

誤字脱字、はずかしい間違いが多かったり。
主観的な内容がツラツラと書いてある事で、不愉快に感じる方もいらっしゃったかもしれませんが。

アクセス数は、日に日に増えてくれたおかげで、私の背中を押し続けてくれていました。
もしかしたら、楽しみに待っていてくれている人もいるのかもしれないという気持ちが支えになっていました。

しかし、私はジェーアイシーのイノベーション推進グループとしてこのブログを書いていたため。
退職と同時に、終了することになりました。

全国、さまざまな地域からアクセスしてくださった皆様。
ありがとうございました。

キーワードなのか?論語なのか?ジェーアイシーという会社なのか?
どのようなきっかけで、このブログに辿り着いて、読んでくださっていたのか分かりませんが。

私は、本当に楽しく過ごしてまいりました。

読んでくれた人が。
新しいアイデアや、前向きな心。
誠実さ。謙虚さ。楽しさ。思いやり。

限りない可能性を、見つけ
チャンスの女神の前髪をつかんでほしい。

そんな気持ちを込めて。
サヨナラの挨拶とさせていただきます。

これまでありがとうございました。
それでは、ごきげんよう…。

ブログ閉鎖とリンク削除についての追記
posted by とみー at 02:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | とみーの発言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月13日

わたしの需要と供給

参院選挙後の翌朝は、さすがに地下鉄ホームで売られている日経新聞が売り切れていました。

今の季節、寝苦しく、なんとなく睡眠不足。朝起きた時には、お水を飲みたい。
夕方、仕事疲れで、甘いものが食べたくなったら、机の引き出しにチョコレートがあったら嬉しい。
家に帰って、ホッと一杯には、お気に入りで、丁度いいおつまみがあったら…。

需要と供給のバランスがとれた時。
とても気持ちいい〜。

そんな都合がいいタイミングやバランスなんて、そう滅多にあるものではない!と思っていらっしゃる方がいたら
もしかすると、その人は、自身の「欲」のレベルが高い事に気付けていないのかもしれません。

いかに、自分の需要をシンプルに維持していくかによって
「幸」の効果を得やすいタイプか?そうじゃないかに、分かれてしまうのです。

自分の求めているものが、シンプルであればあるほど。
色々なシーンに応用が効くのです。

私の場合でいうと。
私が「今思いついた瞬間」に賛同をしてもらう事。が大好物なのです。
「賛同」というキーワードをシンプルに求めてみる。

誰とも話をしなければ、確実に「賛同」を得る事は不可能です。
また、たまたま一人と数分だけ話をした。なんて状態が続けば、「賛同」を得られる確率は低いままです。

いかに、複数の人と長時間話をして。
自分の「思いつき」を話すシーンを沢山作れるか?によって。

「賛同」を得る確率を増やす事ができます。

また、逆の立場では、私という人間に、何度も「賛同」したという経験を持った人が増えたとします。

その人たちが、何か「思いつき」を必要とした瞬間が来たとします。
自分自身の中で浮かばないものをどこかに求めます。

その時。
「賛同」できた「思いつき」の経験から、私を思い出してくれます。

そのうち私が自ら積極的に行動を起こさなくても、「思いつき」を求めて、訪れてくれる人が増えてきます。

私は「賛同」を得られ。相手は「思いつき」を得られます。
ここに、成功や、名声、報酬など、求めるものが複数増えると、効果は激減します。

一番「気持ちいい」が何かをシンプルに考える。
とっても重要ですよね。

私は、今日。3つの思いつきを発言しました。
そのうち2つは、賛同を得ることができました。
そして、それを実行できる環境を用意されることになりました。

「瞬間」+「勢い」=「新鮮な思いつき」
これらは、日々の精神バランスと前向きな明るい未来を信じる健気さがあれば
誰にでも実現可能だと、私は思っています。

大好物を毎日食べるより
極限まで我慢して、ご褒美の瞬間に頂く!これも、私が推奨する、元気になる心の薬です。

ちなみに。昨日実現できなかった…

ソースやきそば + モンブラン = ご機嫌度150%↑

人生に悔いなしですね!ははははっ。
posted by とみー at 23:25| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | とみーの発言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月12日

タダで利用できるものを探そう

これは、無料サイトや、無料サンプルを使うという事ではありません。
当たり前のように行われている事に対して、改めて角度をかえて考えてみようと言う事です。

夏は、暑い。
「暑い」をテーマに、「暑さ」を最大限に活かせるアイデアを考えよう!

また、迷惑メールというものが、パワー全開で送られてくる。
この迷惑メールを逆に活かせるアイデアを考えよう!

などなど。
森羅万象だけではなく、ムダに思えたり、不愉快に思うようなものにも注目し
改めて、「それを道具として使った遊び」を考えてみなさい。と言われたら。


何も思いつかない人は、そのものを、自分の受けたパターンでしか感じられない。少々、残念な人かもしれません。

誰もが思いつくような事を考えた人は、「考えてみなさい」という事を行ったのだから、それでいいでしょうと、言うのかもしれません。
皆が同じような事を言ったといったら、多数派の中に入れた事を喜びに感じるのかもしれません。しかしアイデアではありません。

人が思いつくような事は、ここまでだが、自分だったら、その事に、意味(目的)などを持たせ、差別化されるような
独特で、ひねった回答を考えてきた人。ここで初めて「アイデア」と言えるものになります。

いつも訪れる場所でも、朝と昼と夜だと、まったく違った印象を受ける事があります。
また、自分の気分が良い時と、悪い時でも違ったりします。

最大限に物事を活かそうと思うならば、私は、出来るかぎり、1つの事象で、より多くのパターンを把握する事が大切だと思っています。

人間関係でも、いつも機嫌がいい状態ばかりを見せられる相手よりも、色んな面を知ってる人の方が信用できたりします。
つまり、「裏付け」=「信頼」ではないかと。

また、「一つの事象」が自分の琴線にふれたものなのか?は重要だと思います。

私は、毎年、浅草のほおずき市に行きます。
江戸情緒を味わってみたいと20歳に思ってから、ずっと続けて通っています。
今年も、7/10土曜日に行ったのですが。

基本的には、平日の夕方に行くようにしていました。
それが、暑すぎず、明るすぎず、丁度いい具合だったのですが。

今年は、2日間で終わる間際の市の状態を見てみたいなーと思ったので。
夜になって行ってみました。

夜のライトアップされた門や塔。ほおずきを売る店の電灯や、まばらになったほおずきの鉢植えなどが、
これまでとは違った情緒を感じさせてくれて。
はじめてのような、ドキドキ感を味わえてしまいました。

当たり前だったことが、違っていた。
そして、それはそれで魅力的だった。

何かをひねりだそうとした時。
その感動や経験が、協力してくれます。

日々単調な生活を送ってしまうと。
安定や安心を感じる事があっても。

小さな囲いの中だけをウロウロしているようなもの。

夜中の0時には寝ているものなのか?起きていたら何かがあるのか?
朝4時に外に出たら、寒いのか?気持ちいいのか?

小さい時に、早朝の林の中で、蝉の孵化を見た思い出。
夜中ドライブから朝になる間際に高速道路のオレンジ色のライトが空とにじむ時の感じ。

アイデアは、そんなちっぽけな経験の積み重ねが色となり、輝きをはなって。
世に新しい何かを創造する。

こんな湿気の多い日の地下鉄でさえも、私は何かを感じる事ができるでしょう。
posted by とみー at 23:13| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | とみーの発言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月09日

どんどんどんづまり

私の父は、家族で行ったドライブの帰りに、よく道に迷った。
後ろの座席でウトウトして、ふと目が覚めると、田んぼのまん真ん中で、先が細くなっている道を恐る恐る車が進んでいたりすると。
ああ…。近道をしようとして、迷いこんじゃったんだなー。と思ったりしたものだ。

また、本当に、方角を見失った時ほど、運転スピードが速くなって。
とんでもないどんづまりに行きついたりもしていた。

イライラしている父は、ハンドルのきり方も荒くなり。
母が文句を言おうものなら、逆切れ気味で。
「間違えたわけじゃない」と言い切る。


窮(きゅう)すれば変(へん)ず、変(へん)ずれば通(つう)ず。  by易経


事態がどんづまりの状態にまで行きつけば、情勢に変化が生じる。
情勢に変化が生じれば、必ず新しい道が開けるのだという。

逆境のとき、誤った情勢判断のもとに、じたばた動き回ることは、「悪あがき」というやつで、かえって墓穴を掘ることが多い。

内々だけの問題で解決すべきだだったことが、誤った悪あがきにより、大きな社会問題にまで発展するような「判断」をしてしまった場合。
その責任は大きく。負けっぷりも、最悪の事態を迎えた後では、再起は難しい。

情勢は変化する。
動くなら、その変化を見極めなくてはいけない。
打つべき手は打ち、尽くすべき手段は尽くし、その上で待つ。

打つべき手を怠った上で、やってはならない事を、やってはならない時にしたのでは、おそらく失敗を免れることはできない。

どうせ負けるなら、何らかの余力を残して負ける事を考えるべきである。
そして、判断の基となる「理念」を持つべきである。

今朝、通勤電車の中で、10年以上前に、頭に象のジョウロを乗せて、腰をフリフリしながらテレビに出ていたタレントが、斜め後ろに立っていた。
実は、最近、会社の帰り(夜中)にも見かける事が何度かあった。

同じ最寄駅を利用しているんだろうな〜。と思いつつ。
華やかだったテレビ番組での活躍時とは、少し雰囲気は違っていたが。

地道に自ら一番得意とする仕事を朝から夜中までしているんだろうな〜と堅実に生きている印象を受けた。

良い時もあれば、悪くなる時もある。
良い時も悪い時も、人となりは、品良くありたいものだ。

心を大切に。
誠実に。

逆切れしていた父は、あの頃は、きっと若かったのだろう…。
今は、例えそれが理不尽な母の文句でも、誠実に向き合う姿勢を保てている。

積み重ねてきた時間を「不誠実」に壊すより。
より大切に「信頼」される道を選ぶような生き方を私もしたいです。
posted by とみー at 23:53| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | とみーの発言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月08日

ダイヤモンドの行く末

以前にも書いた事がありましたが。
私は、落し物によく気が付きます。

昨日の朝、自宅の冷蔵庫の前に3mm程度の幼虫(あお虫)を発見!

その後、通勤電車の中では、女性の足と足の間にキラリと輝くものを発見!
視力1.5の私には、キラリの主が「ダイヤモンド」の輝きであることが分かった。

本物では無いにせよ、女性の足が動く度に、ダイヤモンドが、どうなるかを1.5mぐらい離れた地点から観察していた。

電車は、朝にも関わらず、なぜか空いていて、女性の周りには、人がいない。
さて、ようやく、女性が立っている側の扉が開く駅に近づいてきた。

あらゆる私の妄想を裏切り、その女性は、気付くどころか、さっさと電車を降り。
その女性の後に、扉から出ようとした、男性サラリーマンの靴の先が、ダイヤモンドを蹴った。…が、さほど、ダイヤモンドの位置は移動しなかった。

そんな私も、その駅で降りたので、その先。
そのキラメク物体(本物のダイヤモンドでありますように…)が、どうなったかは分からないが。

どういうわけか、拾おうという気持ちには、ならなかった。
というか、電車の中に落ちているダイヤモンドを拾う人は、子供ぐらいしかいないのではないか?

そもそも、本物か?偽物か?価値が分らないものに、大人は「面倒さ」を優先して、関わりを持ちたくないという選択をするのではないでしょうか?
また、そんなに地面を見ていないので、落ちている事にすら気付かない。

もし、あのダイヤモンドが本物で、あのまま、どこかの駅のフォームと電車の間に、気付かぬ誰かに蹴り落とされ陽の目をみることなく、薄暗い線路の隙間に転がっていたら。
それは、それで、なんとなく「物語のはじまり」のようで、私としては、ワクワクします。

こんな風に、実は、ダイヤモンドが、あらゆるところに転がっているのではないでしょうか?
それが「人」だったり、「アイデア」だったり。

「本物か?」、「偽物か?」、価値の有るものか?無いものか?

大人は「面倒」だから近づかない。気付かない。

何気ない、意味の無いところに、転がっているものに。
気付いて、手にとって、自分で価値をつけることが出来るのは、今や、純粋な子供達だけなのでしょうか?

すごく夢中になっている事。
がんばっている事。
驚いた事。

何らかの心の動きに気付けた事象に、自分評価で価値の算定をしてみたらどうでしょう?

この花束。3000円だったけど。
センスがいいし、珍しい花を使ってくれているので、5000円払ってもいいぐらいの価値があるなー。とか。

彼女が教えてくれた情報は、同様の内容を説明している3000円の参考書を買って、15時間かけて読んだとしても、理解出来なかったかもしれないし。
講義料として1万円払っても、ありがたかったと思えるなー。とか。


本質を客観的評価する訓練。
そして、「手にとる」ステップに進めた時。

ダイヤモンド物語の続きを、自分のセンスで綴っていくことになるのかもしれません。

しかし、なぜ?私の家の冷蔵庫の前に幼虫がいたのか?その謎の仮説は数種類浮かんだものの、しっくりくるものが、未だ見つかっていない…。


posted by とみー at 22:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | とみーの発言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。